■
最近、自分の寿命を削って実験しているような感じがする。
もちろん、実験科学は好きなんだけど、扱っているものに危ないものが多いため、体への負荷は避けられないのだろう。
高い発癌性を持つものも多いし、有害性がわからないものがほとんど*1。
長いこと実験をしていると、体調がどんどん悪くなり、いくつかの化合物はアレルゲンとして挙動するようになった。
もちろん、明らかに有害性の高い化合物はドラフト内で、手袋をして扱っているのだが、日本ではすべての実験をドラフトで行うような実験環境を望んではいけないのが悲しいところだ。
日本の化学は連荘でノーベル賞を取れるところまで育った。まあそれは事実なのだが、実験環境の整わない日本でなぜそんなことができるのか。
答えは、「神風実験者がいるから」。
海外の研究者を日本に呼んで、日本の大学の実験室で実験させると、まずは驚愕し、次に怒り出す*2、そして最後に実験を放り出す。
科学技術立国とか言ってる政治家を、日本の科学の最先端の研究機関でシゴク企画があってもいいんじゃないかと。
同期の研究者は、半分以上は実験できなくなった。
溶媒アレルギー*3にかかったのもいれば、雑用ばかりで実験どころじゃない人も、兵隊に実験をすべて任せる人も。
危険なのは承知のうえで、学生の指導をしなければならないのは悲しいことだ。
もちろん最大限に危険性を回避する努力はしているのだが、「中から風が出てくるようなドラフトでどないせえっちゅうんじゃ」という状況。
旧帝大クラスの大学でもそうなんだから、地方大でそれなりにやっているところは、推して知るべし*4。
そんな中で、やはり大きな事故を起こして亡くなったり、失明したり、指を落としたりする学生さんがいる。
以前書いた本は、そんな学生を一人でも減らすように、自分の恥に近い部分を暴露しつつ、現状の設備で何とかより安全なアプローチで実験できないかという観点から書いたものだ。
よほどこの種のネタを実験者は切望していたと見え、部数は多く出た。170以上の大学が図書館に納入してくれた。
いまでも、大学、研究機関、企業から保安テキスト用の引用許可を乞うメールが来る。いくらでも使ってくれ(できれば買ってくれ。高い本ではないぞ)。
反響は大きかったが、研究者からのクレームも少なからずあった。
そんな内容を公開してはいけない、と。
「では、あなたがもっとすぐれた理想を書いて、オレの本より多く売ってくださいよ」と言ってやりたい*5。
goito-mineral さんに負けず、オレも本を書かなくちゃ*6。
*2:まあ、アメリカの研究裏話もそれなりにやばいのが多く、「あの JACS の論文の化合物、あれでドクターコースの学生とポスドクあわせて3人死んでるんだよ」とか聞くと、げげっとする。これ以上はここでは書けない
*3:たまに溶媒アレルギーになる人がいて、これにやられると実験化学者としての生命を絶たれることになる。
*4:これについては下手な怪談よりはるかに怖い話が多かったのだが、最近は地方大も独法化の手切れ金でだいぶ設備が良くなった。宇治の某所よりよほど実験設備がいいじゃねえか、という所も多し。
*5:その後、より実学に近いかたちの化学書が多く出版されるようになった。少しはまともな状況になりつつあるのだが。理想ばかり説いてもダメということに気づいていただければ良しということにしよう。ちなみに、日本では、教科書、参考書、実験書の類を書いても、研究者の業績に対し何のメリットもない。ほんとに無いんだこれが。びっくりするぐらい。「本を書いて金を稼いでないで仕事しろ」とか真顔で言われちゃう。儲かるぐらい専門書が出るかっつーの。
*6:専門書では、一万部出てベストセラー。印税では絶対に食っていけない。