毛と化学

最近はX線回折計の感度も飛躍的に向上し、ちょっと前ではとてもじゃないけど回折データの取れなかった小さな結晶でも、楽に構造解析できるようになった。
一般に、構造解析用の結晶は柄付き針の針先で扱う。
だが、さすがに 0.1 mm を下回るようなサイズの結晶を剃刀の刃で切り、表面の子供結晶を柄付き針で外して、ゴニオチップにマウントするのは難しい。
顕微鏡の下で、器用に整形するにも限界があるし、針先で潰してしまうことも。
で、リガクさんは、そういう微細な結晶を扱うには「牛の睫毛」を使うといいと言う*1
適当なしなりと腰の強さがあり、先端が細い繊維というのはなかなか無い。
牛の睫毛がいいんだそうだ。
だが、食肉処理場に実際に問い合わせてみると、防疫上の問題でやんわりと断られる。
自分の体には、そういう繊維は一カ所にある。


ハナゲ


幸か不幸か実験室は埃っぽいので、ハナゲは人一倍濃く育つ。
これを泣きながら何本も引っこ抜く。
5 hanage*2ぐらいの痛さを伴い、大変つらい。
が、10本に1本ぐらい、太くて長い「すばらしいハナゲ」が取れるので、これを割り箸の先に付けて、これで微小結晶を扱っている。


フォン・バイヤー*3有機合成の腕が特に優れていたのは、その「ひげ」を溶液に漬けて再結晶したところにあるらしい。
ひげは枝毛が多く、結晶の不均一核形成にはもってこいなのだろう。


これがホントの「ひげ結晶(wisker)」。


↓バイヤーの写真。確かに良く結晶が引っかかりそう。
http://ja.wikipedia.org/upload/9/9b/Adolf_von_Baeyer.jpg

*1:別のリガクの技術屋にそのことを聞いてみると「聞いたこと無いぞ」と言われた。彼は彼で室温で不安定な結晶のハンドリングの技術に長けており、ドライアイスの上に結晶を乗せて整形するという離れ業を持っているそうな。

*2:http://yama-tabi.net/netself/hanage.htm を参照のこと。しかし、1.5 cm の鼻毛を引き抜いたときはどのようになるのだろう?1.5 hanage ? 長い鼻毛を抜く方がより痛みが増すとは思えない。鼻毛の長さに反比例するのかな?この単位がほかの単位と可換なのかどうかが論点。

*3:インジゴの合成で著名なドイツの有機化学者。