後の祭り
結局、お祭りにはどこにも出かけられませんでした。
相手もいなかったし。
上の姪はやさぐれて学校を辞め、警察の世話に。
世の中の流れに斜交して生きるのは容易ではないというのに。
止めはしないけど、捨てるものと拾うものを充分に秤にかけるべきです。
明日の1万円より今日の千円を選ぶような生き方には同意できません。
刹那的に日々を暮らすのと、自分の未熟さゆえ消耗戦で苦戦するのと、どっちがいい?
自分で選んだ選択肢についての責任は自分で取るしかありません。
人のせいにするのは卑怯者。ヒヨッコが陥りやすい精神的な罠。
オヤジは体を壊して山から完全に足を洗い、長い時間の運転すらできません。
ま、好き勝手に生きたんだから、あきらめろ、と。
50年山で遊べば充分でしょ。
山の道具はすべて使ってくれる人にあげましたとさ。
人生というのは、夢を追いかけるには短いように時間設定がされています。
生活しなければならないからです。
「人間は泣き叫びながら産まれ、苦しみながら生き、絶望して死んでいく」これに間違いはないのです。
その経過で何を拾い出せるのか、何に自己満足して何を残せるのか。
これを一生かけて追求し、最終的には何も残せず、次世代にバトンタッチしていければ、まあ、それでいいかな。