水晶の右と左

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PN105mm(f = 11)/PB-4/D3


二酸化ケイ素の結晶である水晶は、奇妙なことに鏡像が存在します。
普通の無機化合物は右でもなければ左でもない結晶を形成することが多いんですが、水晶はヘンテコなヤツで、左右があるのです。
右手と左手の関係と同じく、互いにエネルギー的には同じであるにもかかわらず、重ね合わせることが不可能。
これは、水晶を形成しているケイ素と酸素の並びが作り出す螺旋に由来しています。
SiO4 四面体の並びが作り出す三回螺旋軸(三分の一周期構造の繰り返し)を含んでいるんですが、このグルグルの巻きに左右があります。これが右水晶と左水晶に相当しています。
水晶は無機高分子なのでちょっと系が違いますが、分子構造や単位化学構造には左右が存在しないのに、集合して結晶になったときに左右を出すものがたまにあるのです。
こういうものは不斉結晶と呼ばれ、たまに出てきて結晶屋を悩ませます。


空間の対称性を記述した空間群は全部で230種あります。この間数えたら62種が左右の存在する空間群でした。
左右の存在する空間群は、対称要素に対称心、鏡面および映進面を含まないものです。
右水晶もその一つ、P3121 に属しています。


水晶ってヤツは、すっごいありふれているにもかかわらず、科学的な視点からは意外と奇妙なところが多くあります。


ただし、左右が存在するというのと、目で見て左右がわかるってのは、また別の話です。
高次指数の結晶面で、左右を示す面が出現している(反面像)必要があります。
水晶も、多くの産地のものは肉眼での左右は区別が付きません。むしろ付く方が少ないかも。
パスツールによる酒石酸塩の光学分割も、塩が反面像を示す系であったというのがすごくラッキーなことだったのです。
彼はホントに勝負強いよ。


(追記)鉱物で、無機高分子もしくはイオン性の物質で、結晶化すると左右の不斉結晶ができるものって、けっこうあります。100種類以上あるんじゃないかしら。
http://d.hatena.ne.jp/doublet/20090515#p3
代表は石英 quartz です。高温石英もそう。ちなみにクリストバル石も。
この間、武さんとも話してましたが、辰砂 cinnabar (HgS) も左右があります。
あとメジャーなのは、温泉でよく見る鉄明礬 halotrichite、ギロル石 gyrolite、コニカルコ石 conichalcite、ゲルスドルフ鉱 gersdorffite とかかな。
石英と辰砂を除き、どいつもこいつも、「大きい結晶が育たない」鉱物ばかりです。
左右のある結晶構造って、きれいな大きな結晶ができづらい傾向があるんですよね。なぜだろう?


元素単体で、鏡像のある相が室温で安定なのは、セレン、テルル (P3121) ぐらいです。


ただし、落とし穴があり、文献記載されている物質の空間群が間違っている場合がしばしばあります。
過失か故意かはわかりませんが、実際の対称性よりも低い対称で構造解析してたり、出現則を偽対称で読み間違えたりしているケースですね。
R がどーしても下がらずに論文発表できず、しょうがなく対称心を消して構造解析して R を下げたりとかね。あるんよ意外と。
なんで、ホントに左右があるかどうかは、元論文をきっちり読んで、異常分散法やフラックのパラメータ法でちゃんと「左右がある」ってのを確認した方がいいかも。


(追記)一つの場所から出てきた10個の水晶の左右と、その写真については以下に載せてあります。
http://d.hatena.ne.jp/doublet/20090517#p3