ターザンの石

ひょんな流れから、他大学の学生さんを説教する羽目に。


問題解決の経路は、すべて本人にかかっています。
追い風*1を期待するのなら、帆を張り、微かなそよ風を捕まえ、無風地帯からまず抜け出さないとね。
「あれがない、これがないからできない」ってのはダメ。


再び、渡辺万次郎先生の文章を引用。

限りない宇宙の神秘を、限りある今の科学で予見することは
困難である。ただ限りある現在の科学を、あらゆる方向に押し進める
ことによってのみ、そのいずれかが無限の世界に連なるのである。
雲に隠れた群山のうち、勝手に一つの峯を予定し、すべての人を
これに向わせんとする努力は、高嶺を極める道ではない。科学者たちが
その信念と天分に応じて、思い思いの荊(いばら)の道をすすんでこそ、
そのあるものが遠い高嶺に連なる道を自分も知らずに選ぶのである。
その選択を御先の真暗な、さもないまでも10年先の見通しは困難な
国策や、政治家などに断じて委ぬべきではない。
 さればといって先の見通しの容易ではない研究には、政府も
資本家も喜んで金は出さぬ。僅か2年か3年先の見通しに適った研究
だけが、時を得顔に推進される。これではいつの代になっても、
積木細工を弄ぶようで、大建築の土台はできない。けれどもそれを
本当に知るのは、恐らく学徒だけであり、苦しい中にも彼らは自分の
信念の下に、天分に応じて進むのである。世間がそれを認めまいと、
資本家の援助が無かろうと、ただ一筋に進むところに彼らの真の生命がある。
国策におもねり、資本家にへつらうのは、真に国家のためでもなければ
人類の幸福のためでもない。


昭和27年の文章ですが、この頃より今の方がはるかに状況はいいと思うんですね。


この文章には「信念」という言葉が出てきます。重い重い言葉です。
そんな重い言葉、畏れ多くて私はめったに使わないんですが。
当該学生さんは、それではなく、「頑固」なんですね。
「信念」と「頑固」は、明らかに違います。
個人的な定義では、「信念」は目標・目的にかかる言葉ですが、「頑固」は手法・経路・方法にかかります。
理想とする目標を据え置いているから、信念をもって泥水が漱げるのでしょう。
頑固では話が先に進みません。
頑なにせず、目的に向かって邁進するのがいいと思うんですね。
いろいろな人が教えてくれるのは今だけ。
それがわかる頃には、自分の頭が固くなって、人の言うことを聞かなくなっちゃうんですが。


私ですか?私はバリバリの頑固者ですが、何か?

*1:ちなみに、帆をうまく使うと、風上にだって船を進めることができます。風向きの45度方向までの角度で進むことができるので、ジグザグに船を進めれば結果として向かい風方向に進めるのです。