ヒスイその後

ヨシオのヒスイの件のニュース記事について、ウェブ検索でいくつか調べてみました。
この産地は私は訪れたことはありませんが、記録の初出は私の記憶では新潟大学研究報告で、その後、松原聰先生の「鉱物採集ウォーキングガイド」に記述された場所です。
すぐ下流の小滝の硬玉産地は国指定天然記念物指定されているのですが、ここは指定域から外れているため、採集をしてもお咎めを受けることの無かった場所です。
地権者は国であり、国有林の中を通る河川の大転石です。


盗掘防止ヒスイ原石運び出し(新潟日報)。
http://www.niigata-nippo.co.jp/pref/index.asp?cateNo=2&newsNo=345

 同ミュージアムの竹之内耕学芸係長や小滝地区の住民によると、ヨシオ沢のヒスイの存在は地元では知られていたが、被害が出始めたのは10年ほど前から。ラベンダーヒスイと呼ばれる薄紫色の種類の原石で、宝石として利用されるほどではないが「置物や飾り物などの用途には十分な品質」(地元住民)。ラベンダー色の出方がよければ、「5キロ前後で20―30万円」(同)の価値があるという。


読売の扱いはこう。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070602i105.htm

 市博物館によると、運び出すのは、国の天然記念物「小滝ヒスイ峡」から約5キロ上流のヨシオ滝付近にある原石。1個当たりの重さは2・5〜21・9トン。ヨシオ滝付近では十数年前から、ハンマーなどで原石が割られ、一部が持ち去られる被害が出始めた。ここ数年は、削岩機を持ち込んで原石に穴を開け、良質なヒスイ部分だけをくりぬくなどの手口が目立っているという。市博物館は「庭石や室内に飾って観賞用として利用されているのではないか」としている。


イザ!ではこうなっています。「糸魚川産」とラベルの付けられているものがはたして本当にここのものかどうかは不明です。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/50441

 10年以上前からハンマーで原石が割られるなどの被害が確認されている。数年前からは、削岩機を持ち込んで透明度の高いヒスイ部分だけを持ち去る悪質なケースが相次ぎ、地元関係者は「国の天然記念物に指定されていない所には監視員が配置されておらず、手の打ちようがない」と頭を抱える。
 業を煮やした地元住民が昨年12月、市に対し、最大約21トンの原石を含むヒスイ8個(計約76トン)の移転と保護を陳情。市も今年度予算に運搬費350万円を盛り込んだ。


 盗掘犯として警察に通報しても、河川法違反罪による罰金刑などの軽い処分にしか問えず、「常習者たちにはあまり効き目がない」という。インターネットオークションで堂々と「糸魚川産」として出品されるケースもあり、市は販売目的の盗掘常習者らとのイタチごっこに頭を悩ませている。


フォッサマグナミュージアムには多くの記事があります。
セリ矢で石割りというところが、素人っぽくないですね。
セリ矢を使うのであれば、セリ矢のサイズにぴったりの穴をまっすぐ開けなければセリ矢が入りません。
これは機械的に開けることになります。
エンジン式なのか、あるいは発電機もしくはコンプレッサーを持ち込むのかはわかりませんが、林道のゲートを開けないのだとしたら、機械を産地近くまで運び込む労力はかなりのものです。
http://www.city.itoigawa.niigata.jp/fmm/
移動の際の写真はこちらに多くあります。
http://web.mac.com/mac314/iWeb/YoshioJade2007/16CA71DC-21E7-44BA-9B5F-399C4BB7D574.html
小割りの一番下の写真は静的破砕剤を使った跡でしょうか?
http://web.mac.com/mac314/iWeb/YoshioJade2007/C66710F9-AD2C-4B54-805D-C1573D7E2EE9.html


そして、こういう警告文がフォッサマグナミュージアムのトップページに出ています。

ヨシオのひすいは、新潟県の許可により糸魚川市の所有物となりました。
今後、このひすいの盗掘は、これまでの河川法での河川生産物の無許可採取ではなく、
市が所有する教育財産の窃盗行為となり刑法235条により罰せられます。

刑法235条というのは窃盗罪です。
今後は厳密な解釈では未遂も処罰されますし、刑法256条の定めにより、譲渡、購入・運搬・保管した者も盗品譲受け等の罪により処罰される可能性があります。
ヤフーオークションで、今後採集したここの石を売買すると、出品者は235条に抵触し、ヤフー側も256条の「その有償の処分をあっせんした者」に相当することになり、処罰される可能性が出てきます。
鉱物標本の採集時期について証明することは一般的に困難ですし、出品者もラベルに産地を記載しなくなるでしょうから、実際に罰せられる人が出るかどうかは不明です。
が、ヤフー側としてはタレこまれたらオークション ID を削除する可能性はあるでしょうね。

(盗品譲受け等)
第256条 盗品その他財産に対する罪に当たる行為によって領得された物を無償で譲り受けた者は、3年以下の懲役に処する。
2 前項に規定する物を運搬し、保管し、若しくは有償で譲り受け、又はその有償の処分のあっせんをした者は、10年以下の懲役及び50万円以下の罰金に処する。


なかなか難しい問題です。
誰が「常習的に」「大規模に」「販売目的で」するのかは不明ですが、そういった手法による採集と、我々アマチュアの採集の間に不連続線を引くのは容易ではありません。
削岩機を使うとまずいが、タガネは可かといったような厳密な線引きは困難です。
販売を目的とするかどうかというのも、グレーゾーンがあるために線引きが難しいかと。踏み込んで記録を調べれば別ですが。
そのあたりのあいまいさがあるとそこを逆手に取られかねませんので、管理する側にとってはとりあえず全部締め出してしまえ、ということになるのでしょう。
今回も警告文を受けるのは採集者すべてということになります。


id:bintagire さんのところに、goito-mineral さんが考えをコメント欄で述べられていました(転載ごめんなさい)。

今回のヨシオ滝の件は、通常の「鉱物採集」とは分けて考えなければならないと思います。こういう言い方をすると「業者=悪:採集者=善」という二項対立と取られがちですが、そういうことが言いたいのではありません。糸魚川の地元にもヒスイ業者の方はたくさんおられるということを考慮すれば、こうした二元論がいかに現状と乖離したものかということは分かると思います。ことウェブでは業者=悪という単純な論調が見られますので、少し釘を刺しておきます。
で、今回の件ですが、天然記念物であること、継続的に行われていたこと、動いたであろう金額が大きく、かつ地元産業との軋轢も考えられること、規模が大きいこと(一人や二人ではないと思われます)が、ここまで問題が大きくなった要因でしょう。もう7〜8年前のことですが、橋立のヒスイが同様に「盗掘」され、都内の標本店に売り込みが来たことがあったそうです。そのときはどこも話に乗らなかったとのことですが、おそらく今回と同一グループの仕業でしょう。これらのことから類推するに、首都圏以外か海外に販路を求めていたのではないかと思われます。
以上、「鉱物採集」とは質的に違う案件ではないかという考えを述べさせていただきました。


なにかそういう窃盗団みたいのがあるようですね。
おそらく彼らも、自分のしている行為が法に抵触(この場合は河川法25条)するのは最初からわかっていてしていたのでしょう。過失や未必の故意によるものではなさそうです。

(土石等の採取の許可)
第25条 河川区域内の土地において土石(砂を含む。以下同じ。)を採取しようとする者は、建段省令で定めるところにより、河川管理者の許可を受けなければならない。河川区域内の土地において土石以外の河川の産出物で政令で指定したものを採取しようとする者も、同様とする。


地元にとってはヒスイは数少ない観光資源。それさえあれば少しずつでも恒久的に金を落としてくれます。
ましてやすぐ下の小滝の硬玉産地が国指定天然記念物になっており、土地のものもおおっぴらには手出しできないのに、(他所から来て)そのちょっと上を削岩作業して高額で売りさばくのは地元にとっても愉快なことではないのでしょう*1
そこもこの件をニュースまでに騒がせてしまった原因だということでしょう。
ヒスイは鉱業法における「鉱物」ではありませんので、鉱区は設定が難しい*2ですし、監視の難しい山奥なので、今回の措置に踏み切ったと捉えます。


私は鉱物採集を趣味として楽しんでいますが、すべてのケースで地権者に採集の許可が取れるわけではありません。
たとえば、昨日の写真で紹介した尾平は三菱が、藤岡は私有地(採石所)で、富岡は林道脇露頭、土呂久も元は私有地でした。
このうち、地権者の許可を得たのは前二者、三番目はまったくの無許可ですし、四番目は近所の人と話をして採集しました。
厳密な解釈では、法に抵触するのは三番目、四番目です。三番目は森林法、四番目は不法進入と窃盗に相当します。
しかし、そんなことを考える必要の無いおおらかな時代というのは、つい十年ほど前まで確かにあったのです。
河原の石を拾っても、林道の切り通しの露頭にタガネを入れても、古い鉱山のズリ石を拾っても文句言われるなんて思いもよらなかったのです。そのころは。
あるいは、採集可能な鉱物に、地主が価値を見出せなかったためかもしれません。
もちろんうるさく言うところもありました。だいたいは管理された採石所か鉱山で、事故を起こされると困るからでした。
さすがに30年前でも、足尾の旧坑に入る許可を古河は出しませんでした*3
そのころも鉱物商に標本を卸す人はいたらしいのですが、それほど大きな問題にはなりませんでした。
今ほど情報の伝達は早くなかったので、私が知らないだけかもしれません。


時代は変わって、鉱物採集の人口も増え、性善説だけでは通用しない時代がやってきました。
母集団が増えれば、商売が成り立ちやすくなります。当然ヘンな人も混じってきます。
そろそろ、自己防衛策を綿密に立てる必要があるのかもしれません。


騒ぎになるのは、かなりのケースが地元(地主、鉱山関係者、役所関係)との間のトラブルです。
木を切るか、事故を起こすか、大穴を開けるか。
そのようなきっかけで採集者に対する不信感を地元が持ちます。
あるいは火やゴミの問題もあります。
事故は故意ではないので注意していただくとして、それ以外はマナーの問題です。
いくら値の付かないような雑木の山林であっても、故意に切り倒すのはちょっと・・・
チェンソーを持ってくる人もいますが、やりすぎです。
もし、地元の人と出会ったとしたら(たとえそこが国有林や市の土地であっても)、知らん振りするのは避け、きちんと挨拶するべきなのではないでしょうか。
話をして、筋を通しておくべきでしょう*4
理解が得られるようなら、その人の名前を伺っておき、後で理解の無い人にめぐり合ったときにその人の名前を告げると疑いが晴れることも多いです*5
いやな思いをしてまでする趣味でもありませんし。


いつまでも絶えることなく採集ができる産地というのが採集者の理想なのですが、産地保護をしつつ鉱物採集ができる場所を確保するのは容易ではないようです。
両者は互いに相反した活動です。
例の和歌山県手稲石産地のように鉱区を設定すれば不許可では採集はできなくなります。甲武信のように権利を買って入山料制というのもありますが、申請者にとってはいずれもかなり面倒です。
ほとんどの地権者は、自分の土地で腹に据えかねる鉱物採集が起こっているのであれば「何人たりとも採集を許可しない」というやり方で規制するのが一番楽なはずです。
その採集禁止令により、国内のかなりの数の有名産地が採集不可能になったのは事実です。

*1:削岩作業による採集をしていた者が他所から来ているのか地元の者かは現時点では不明。

*2:この種の鉱物は「けい石」扱いにすることがあるらしいです

*3:通洞の大斜坑はカラオケの撮影に使われることがあるらしいのですが、さすがに採集は難しいでしょう。

*4:ある方の話では、「下手に出るとかえってナメられる」という話でした。林道工事に伴う通行止めなどはすまなそうに通過すると怒られるのであって、こちらが「バカヤロー、いつまで工事してやがるんだ!!」と罵ると逆に向こうが折れるのだそうです。もちろん立場にもよりますし、それができる年齢や風体というのもあるのでしょう。私には無理です。

*5:逆に余計ややこしくなることもあったりしますけど。