Micro Nikkor と Ultra Micro Nikkor

Micro Nikkor 7cm、たまたま eBay に出ていたのがありました。
http://cgi.ebay.com/Micro-Nikkor-70mm-f5-Bellows-Lens_W0QQitemZ330192770904QQihZ014QQcategoryZ30077QQcmdZViewItem
え?$222.5?
そんなにするの?このレンズ?
ひゃー。知りませんでした。


Untra Micro Nikkor の pdf をやっと見つけました。
http://luciolepri.it/lc2/marcocavina/articoli_fotografici/articolo_nikon_ultra_micro-nikkor.pdf


Ultra Micro Nikkor は、日本光学が60年代に作ったフォトマスク製作用レンズです。
これについてはあきやんさんのHPに多数のレンズの紹介があります。
http://homepage2.nifty.com/akiyanroom/redbook/
半導体における微細な回路図を、写真の技術を使ってマスク基盤上に焼き付けるレンズです。
このマスク(原版)をもとに、シリコン基盤に半導体パターンを投影レンズを用いて焼き付けます。
いずれのレンズにも像の極端な平面性、解像度の高さが要求され、紫外光に対する歪曲収差をはじめとする種々の収差が極限まで抑えられている必要があります。
レンズが明るければ明るいほど回折限界の分解能が上がります。
マスクの像がシャープでなければ、ウエハ上の描画された配線間を電子が飛んでしまい、回路として使い物になりません。歪曲収差があったら配線(ボンディング)できません。
解像度は 500-1300 line/mm という恐るべき値を出していたようです(たぶん単色光)。


現在の技術は、12インチ(30cm)ウエハを 90nm 以下のノードで焼くところまで来ています。
分解能は光の波長に依存するため、60年代は水銀ランプを用いていたのですが、より短波長の 193 nm ArFエキシマレーザに移行し、最近ではさらに短波長のものが開発されつつあります。
ウエハ上における投影レンズの解像度は単純計算で 10000 line/mm 以上。次世代 45nm ノードならその倍です。
もうこうなってくると、バカみたいにでかい何十枚ものレンズを最高の技術で研磨し、自重と温度で変化する光学面形状を常時モニターしながらフィードバック制御して焼き付けます。
このあたり、世界市場のシェアをニコンとキャノンとオランダの ASML*1 が競い合っています。
これらの技術は60年代初頭の Ultra Micro Nikkor から出発しています。
ニコンはスタートを切った会社でしたから。


60年代の Ultra Micro Nikkor は、レンズ構成から想像するに、ダブルガウス型の前後にもう1枚ずつ入っているか、原版側に1枚、焼付け側に張り合わせを一枚足してある構造が多いようです。
紫外透過性が充分に高い必要がありますから一部の重クラウンやフリントは設計には使えないわけで、そういう点では設計者泣かせというか、腕の見せ所ですね。硝材データが欲しいです。
日本光学の硝材はオハラガラスとは違った癖があるという話ですから、日本光学のガラスを使わないとできない設計なのでしょう。
やっぱり気になるのは 29.5mm F1.2e です。これはガウス型から完全に脱却し今のステッパーレンズのような構造です。
蛍石レンズは熱膨張率が大きく、かつ傷つきやすいので、中に単レンズで入れるでしょうから、焼付け側から数えて二枚目側でしょうか。
これ欲しいな〜。

これで鉱物の接写をしたいと考えるのは、やはりマニヤなんでしょうねきっと。
実は、接写にはそんなに解像度いらないんです。立体物ですから絞らないと被写界深度が稼げなくて、絞ったらすぐに絞り環の回折で解像度がた落ちですから。
200 line/mm 以上の解像度があったらオーバースペックです。
でも、やっぱり一度使ってみたいんですよね。これでしか見えない領域を見ていたいという衝動はあります。
で、その道の知人に「ステッパーレンズちょうだい」って聞いてみると、ことごとく断られます。
先に書きましたが今のステッパーレンズは何百キロもある巨大なレンズ群で、とてもとても持ち運びできるようなものではないらしいのです。
半導体技術は今や恐ろしいスピードで進み、泥仕合状態。
5年前のステッパーすらゴミ状態。広い場所を占拠され、資産計上されるよりはさっさか廃棄して最新の装置を入れるほうがはるかに経済的。
そんな感じで、古いマスク用レンズも、焼付けレンズもみんな処分されてしまいました。
掌にすっぽり収まる Ultra Micro Nikkor は、遠い遠い半導体技術の黎明期における超高性能古道具なのです。

*1:光学設計は Zeiss です。