生物たちの不思議な物語

生物たちの不思議な物語―化学生態学外論

生物たちの不思議な物語―化学生態学外論

もう15年も前の本ですが、改めて「化学生態学って面白いね」と思いました。
蝶や蛾が、ここまで分子に振り回されて生きているというのは、ある意味驚愕で、またある意味哀れを誘います。
そしてそれに挑戦する天然物屋の研究エピソードが楽しいのです。
チャバネゴキブリの性フェロモン単離の話に

(前略)
いずれにしても、性フェロモンの抽出材料には必ずしも触角だけにこだわらなくても、雌の体表を全部洗えばよいことがわかった。そこで、成虫になれば直ちに雌を隔離し、二週間あまり飼育した後、数千頭二酸化炭素で麻酔して大きなヌッツェに山盛りにし、ヘキサンで数回サッと洗う。ここが抽出のミソで、欲張ってヘキサンに漬けこんで徹底的に抽出すると、そのあとの単離操作でたいへんな困難にでくわすことになる。いらないものまで抽出してしまうのである。

古典的な天然物の手法(1974年)ではありますが、こうやって22万頭のチャバネGから活性物質を二種、200 mg と 2 mg 単離するという話です。
コードネームGの苦手な私にはこの実験は無理だわ。


学生時代なら、構造式を見て「ふーん。こんなヘンな分子構造してるんだー」と思うのでしょうが、今見ると、その単離と構造決定の技術にのけぞります。
よく、この構造が決定できるよな、と。
やっぱり天然物屋はすげえや。わたし、こんな化合物、(結晶ができない限り)構造決定できないっす。


なんでジャコウアゲハウマノスズクサが大好きなのかとか、ヒョウモンエダシャクとアセビの意外な関係とか、昆虫の生態を左右する物質の特異性についての記述がみどころ。
雑誌「化学」に連載された記事のとりまとめなので、昆虫の好きな人、あるいは植物の好きな人がすべて楽しめるかどうかはわかりませんが、大学教養程度の化学の素養がある昆虫好きな方なら、この本を楽しめることを保証します。


内容が古くなり、版が無くなってしまいましたが、天然物屋のエピソードは古いほど面白かったりするのです。