同じ本を2冊持っていたので、1冊は4月からある独立行政法人に就職する学生にあげた。


背信の科学者たち

背信の科学者たち


データの捏造がどのような経緯で起こるのか、そのバックグラウンドと事例、事件の経過を、古今東西の事象について記述した類書の少ない本。
ついこの間まで版がなかったと思ったのだけれど、また刷ったんだな。よかった。
ベル研究所の捏造事件の余波で需要が増えたのかな?


「捏造」ってのは、客観的評価だ。
しかし、論文は主観で書くし、使うデータを選ぶので、論文を書いてる本人も判定に苦しむ場合も多い*1
みんながすべて統計学的に正しいデータの取り方をしているわけではない。
過去の人をみんな悪者にしてはいけない。捏造の判定基準が時代によって違うのだから。


あまり表には出てこない話なんだけれど、科学の分野では捏造事件がたまにある。
だいたいの場合、小賢い人が多大なプレッシャーをかけられちゃうと、たまに捏造をする人がでてくる。
「論文をここで出さないと、tenure のポストが取れない」とかね。
科学的に重要な価値のある結果の捏造だと、ばれると大騒ぎになる。
ベル研の捏造は大変な騒ぎだった。
ベル研のデータを頼みの綱にプロジェクトを立ち上げた方には、心底同情する。
また、ベル研の捏造はかなり賢い人がしたので、捏造が発覚するのに時間がかかったのもまずかった。
各国の科学者が追試してできなかったのだが、それは、サンプルを作る腕の問題だということになったようだ。
結晶モノの実験は、たまにそういうことがある。
実験条件が調わないので再現性が出ないのか、もしかすると先人の捏造なのか、判定に悩むことがある。


10年ほど前、磁場中での反応で、できた化合物のキラリティーが片寄るというまことしやかな論文が出たこともあった。あれも捏造だった。結局、Angew. Chem. に訂正記事が出た。
そう簡単には磁場では左右の対称性は崩れないものだ。
天然水晶の左右の出る確立が1:1でないという話がたまにあるけど、これはおそらく、サンプリングの問題ではないかと思っている。
条件によっては不斉結晶のメモリー効果はものすごく出るものだ。
一度、そういうことを体験したことがある。


常温核融合の話も知らず知らずのうちに、立ち消えになってしまったな。


実験で「うまくいくこと」を証明するのはそれほど難しくないが、先人の仕事を「うまくいかない」と否定するのは容易なことではない。
同じ実験条件を揃えるというのは、言うほど楽ではない(少なくとも実験者は違うわけだ)。
しかも、過去に論文が出ているので、先取性はあまり無いと思われているため、あまり人の捏造をつつく研究者はいない。
うまみのあるデータを他人が追試して、どうやっても先人の結果が再現できないときに、改めて捏造という事実が発覚する。
あるいは、たまたま実験する必要が出たとき、その事実に気づく人がいる。
オレの恩師の恩師にあたる N 教授も、外国で研究員をやっているときに前任者の捏造に気づいて、詳細かつ緻密な実験で訂正論文を出したことがあったようだ。
偉い先生だったんだなあ。


仮説の違いによる論争とは違うことにご注意されたし。
作業仮説は人によってまちまちだが、実験結果は一つだ。

*1:たとえば、再現性の極めて乏しい実験を、実験項に何も書かないで投稿するのは、ある意味、データの改竄と言われてもおかしくない。科学とは、基本的に再現性のあるものだからだ