軟弱者


ある化合物の結晶の写真。こいつは柔軟性結晶だった。
柔軟性結晶というのは、(特に分子結晶において)分子の重心の位置が結晶中において比較的よく固定されているものの、分子の配向がバラバラで、しかも結晶の中で動いているもの。
液晶(重心の位置はバラバラだが、配向がよくそろっている)のちょうど逆。
例えば、フラーレン C60 の結晶において、フラーレン分子の重心は動かないが、格子の中ではサッカーボールがくるくる回っているため、構成原子の位置や分子の向きは定まらない。あれも柔軟性結晶。
保護・脱離基として広く用いられている t-BuMe2SiCl や、t-BuSiCl3 などもそう。
たぶんあいつらが一番なじみのある柔軟性結晶。
ヤツらはワックスみたいな固体で、蒸気圧がそれなりにあるもんだから昇華して容器の壁にアメーバみたいな固体が張り付く。
枝のようにガラス壁で結晶成長した TBDMS-Cl はおなじみだろう。
何となく結晶っぽいんだけど、結晶面がはっきりしない。
煮え切らない優柔不断的外見を示す。
丸っこい分子の結晶ではたまに出てきて、枝分かれした羽毛みたいな結晶を作る。
枝を折り取って回折実験にかけると反射がひどく弱く、構造解析できないことが多い。
また、結晶をカミソリの刃で切ると、パッキリ割れずにぐんにゃり切れ、反射がむちゃくちゃ非対称になる癖がある。ひどいと回折リングっぽくなる。
むかつく。


TG-DTA 測定や、固体 NMR の解析で、柔軟性結晶中の分子ダイナミクスについての情報が得られるのだろうが、こいつにかける時間はない。


分子結晶ではそれなりの頻度で出くわすんだが、鉱物ではみたことがない。
鉱物結晶中の原子はイオン性が強いし、そうでなくても無機高分子のような無限長構造を示すことが多いので、こーゆーいーかげんなのはあまり出てこないのだろう。
しかも結晶化の時間が長いしね。
ディスオーダーはいっぱいあるけど。


こいつをみると、銀河鉄道999のアメーバの話を思い出すんだよね。