ダイアモンド

写真は人工のダイアモンドです。えらくちっちゃいの。ぼくのこづかいではこれしかかえないんだ。
diamond1


結晶は基本的には正六面体の角が切られた「切頭六面体(truncated hexahedron)」です。
正六面体の面はミラー指数では (001), 頭を切っているのは (111) です。
不純物が特定方向に偏析してますね。


ダイアモンドってのはいささか特殊な存在なのです。
炭素の高圧相で、地球上では準安定相。
無色透明で屈折率、硬度が異常に高い。
しかも、そこそこレア。大きな結晶になかなかならない。
おかげで古くから装飾品としての利用があり、今でもデビアスが価格をコントロールしています。
しかし、この呪縛に縛られすぎている人が多く見受けられます。
最近になって、人工のダイアモンドは質量大きさいずれも装飾品レベルのものが安価にできるようになりましたが、デビアスが市場価格を裏で操作しているので値崩れしません。
学術的にはとても奇妙で興味深い存在です。


ダイアモンド、傷も付かなければ破壊もできないって思われている方が時折いらっしゃるんですが、そんなことないです。
静的な圧ではなかなか破壊できない(下の基板がへこむ)のは確かなんですが、ハンマーで砕くと比較的簡単に割れます。硬いですが。
こんな感じ。
diamond2
三方向にへき開があります。しかし、方解石や蛍石ほどはっきりしません。
ぶん殴って割れば当然、C-C 結合が切断されます。
破壊に化学結合の切断と再生成が伴われるってのは、無機高分子ではよくある話。


あの硬度の高いダイアモンドすら、衝撃には脆いのです。
形あるものはいつか必ずなくなります。
「愛」などのように、形のないものはさらに脆く儚く消え去ってゆくことでしょう。


化学的にみれば、ダイアモンドというのはなんのことはない sp3 炭素の三次元ポリマーです。

sp3 結合を歪ませずに、もっとも密に炭素をくみ上げていけばダイアモンドになります。
というわけで、ダイアモンドは無機鉱物よりむしろ有機化合物的な性質を示すことが多くあります。
ダイアモンドの選鉱は、含有岩石を破砕し、これを水で流しながらグリースのべったり付いたテーブルを通します。
ダイアモンドはグリースによく濡れるので、グリースに沈み込みます。他の鉱物は濡れ性が劣るのでそのまま流れ去ってしまいます。


ダイアモンドの最小構成単位を切り出すと、シクロヘキサン環の3つ縮合したアダマンタン*1と呼ばれる分子に帰着します。

このものの写真はすごく前に撮影しましたが、きれいな立方晶系(Fd3m) の結晶になります。
この写真は撮りなおしたいなー。有機分子で立方晶系ってのはかなり珍しいのです。

こいつには多くのへんてこな性質があります。-64℃で相の転移を起こし、正方晶になったり(このときに柔軟性結晶に転移する)、C10炭化水素のクセに融点が 270℃もあったりとか。


この化合物、1933年に、石油中から初めて単離されたんですが*2有機合成で段階的に合成したのは Prelog でした。
ルイス酸での異性化で簡単にできるよって言い出したのは Pines*3.
アダマンタンの合成法は出光が特許を持っているのですが、シクロペンタジエンが二量化した 2CpH を接触水素化して3環式の C10 を作り、こいつを強いルイス酸触媒でぐつぐつ煮ると、あら不思議。アダマンタンができるのです。

もう反応機構なんかメチャクチャでしょう。カルボカチオンを中間体としたごった煮反応で、最終的に熱力学的に最も安定な異性体に落ちています。
この種の合成法についてはカルボカチオンの大家である Olah が強いです。
二つアダマンタン骨格が縮合したものは diamantane, 3つは triamantane というように、この種の化合物はポリマンタンと呼ばれるようになりました。あるいは diamondoid hydrocarbon ですね。
合成はもはやパズルの域に達しています。


最近になって、天然にもこの種のポリマンタンが存在することが報告されました*4.
下の図はアダマンタンが4つくっついたテトラマンタンで、3種の異性体のうちのひとつです。

ヘキサマンタン(6個くっついているの)ぐらいは平気で見つかるようです。
深度 6800 m の深油田には、こんな成分が混じっているんだそうです。
テトラマンタン以降は多くの異性体が存在しますが、いずれの異性体も天然に存在することが GCMS によりわかっています。
石油が有機的な起源なのか無機的な起源なのかは興味深い問題ですが、それはさておき、地球深部の高温高圧で熱分解、クラッキング、縮合、異性化、脱水素もしくは付加反応のような複雑な変質反応が起こり、このような低分子量ダイアモンドができているのは間違いないようです。


これがつながっていくと、ダイアモンドになるかもしれません。
フラスコ中でも起こるかもしれません。
炭化水素の脱水素カップリングにより C(sp3)-C(sp3) の結合を形成する触媒反応と、ルイス酸によってカルボカチオンを経由してダイアモンド構造に炭素原子を並べる触媒反応を系中で同時に起こる反応系を見つけ出してやれば、これが実現できます。
フラスコを撹拌していると、ダイアモンドの結晶がキラキラ落ちてくるってのはいいかも。
ただし、この辺に関しては大沢先生が、「思ったほどうまくはいかない」ってのを実験的に証明してしまいましたけど。


この種の化合物、けっこういろいろなところで使われています。
1-アミノアダマンタン塩酸塩は「アマンタジン」という商標でインフルエンザの薬だったのですが、中国のバカな人々が鶏に大量投薬してしまい、耐性ウィルスがさっさかできてしまったという話は以前に書きました。
意外なところで枝の生えたアダマンタンがオートマフルードに入っていたりとか。


いずれにせよ、ダイアモンドは鉱物学および有機化学のいずれの見地からも、たからもののような存在なのです。
しかし、こんなもので愛の重さを量られたのではたまったものではありません。
私の愛をこんなに奇妙な炭素同素体と一緒くたにしないでください。
愛って概念は、もともと日本には明治以前にはありませんでした。

*1:大昔の論文には congressane とあるんですが、この呼び名はほぼ消失しましたね。

*2:S. Landa, V. Collect. Czech. Chem. Commun. 1953, 5,1; Dahl, Angew. Chem. Int. Ed., 42, 2040-2044 (2003).

*3:H. Pines, J. Am. Chem. Soc., 75, 4775(1953).

*4:Natural occurrence of tetramantane (C22H28), pentamantane (C26H32) and hexamantane (C30H36) in a deep petroleum reservoir. R. Lin, et al., Fuel, 74, 1512-21 (1995).