登山者と登山家

親父と酒を飲んだくれているときに、登山者と登山家の違いという話になった。
彼曰く、「山で金を稼いでいたら登山家だ。それ以外は登山者だが、
登山者は山で死ぬと登山家になる」という話だ。


うーむ。言い得て妙。
ただし、レベルの高い山の話でしょう。
低山ハイキングは違いますよ。


その定義では、彼は登山家ということになる。
オレは「山師」かな?


なぜ人は山に登るのだろう。
7−8000m峰では、統計的に死亡率が50%を超す所も少なくない。
ルートや時期によっては、さらに厳しくなる。
そこまでわかっていて、なぜ?


古くから問われ続けていた質問だが、誰もその明白な答えを見つけ出すことはできない。


以下はリンクのテスト。試しは、植村直己の「青春を山に賭けて」。
初版本がウチにあるが、乱丁が多すぎて話にならん。
20ページ以上白紙だった。どういうことだい、文春。
でも何度も読み直した。若さ故の無鉄砲は、オレの大好物の一つ。


青春を山に賭けて (文春文庫)

青春を山に賭けて (文春文庫)


下の写真は握り拳大の almandine@石川。表面が汚い。



PS)ウシゴロシ
やはり親父と飲んでいるときに出た話なのだが、昔(昭和30年代ぐらいだろう)は
よく仕事場に、ウシゴロシや○○○(名前を失念した)のような、柄の材料を売りに
来る行商がいたらしい。結構太い材もあったそうな。
オレもその人に石頭の柄を換えてもらいたかったな。
オレは仕事を継がないダメ息子だったが、そんなマニア心をくすぐるような話が息子とできることに
彼は非常に満足していたようだ。