怪談2

学生時代所属していた講座に、幽霊が出るとの噂が昔からあった。
だいたいは、ある部屋に集中した話。
人のいるはずのない小部屋から、人が出てくるらしい。
オレは「そんなものよりまずは実験」のスタイルだったので、朝から朝まで実験していた。
深夜、単独の実験ばっかりしていた(これは保安上よくない)。
それはさておき、ある日の深夜、実験の合間にゼミ室で顔を洗って眠気を覚ますと、壁にかかった鏡に人が通り過ぎるのが映った。
もちろん振り向いても誰もいない。
そのとき、頭の中に焼きついたイメージでは、太い縁が上だけについている眼鏡をかけた、中年の男性だということがはっきりわかった。
あとで先輩にその話をしたら、「ああ、この人じゃないか」と追悼文集の写真を見せてくれた。
前任教授だった。
オレはそれまで、その人の写真を一度も見たことがなかった。


噂では、がんばる学生さんの前にしかあらわれないらしい。
オレは一応がんばっていると認められたのだろう。


液クロ分取しているときに睡魔に襲われ、目的物のピークを流してポリタンクに放り込んでしまったときなどは、心底こう思った。
激励してくれるんなら、実験を手伝ってくれよ。


さて、問題の幽霊が出てくる部屋は、過去の学生さんがいらなくなったサンプルをバカスカ放り込んで、それが堆積している4畳ぐらいの小部屋だった。
足の踏み場がない。部屋には酸性ガスが充満し、金属はことごとく錆びている。
電灯も点かない。
サンプルの入ったガラスバイアルが堆積している。
ガラス容器を踏んで歩くと、足元でビンが割れる。
地層累重の法則が成り立ち、下に行くほど古い。
一部ではスランプも確認できるのだが、最下部は70年代のサンプルにより形成されていた。


その校舎も引越しのために整理し、サンプルをすべてつぶした。
出てくる出てくる。危ないのが。
ナトリウムワイヤー入り有機溶媒とか、シアン化カリウム瓶詰め500gとか、腐った金属缶に入った過酸化ベンゾイル250gとか。
最後のはいつ爆発してもおかしくない。


怪談よりはるかにこっちのほうが怖いぞ。


幽霊とはいえ、そんなところにいるのは健康に悪いよ。マジで。