どっちなのよ!?

実験でガス浴びる、学生ら6人病院搬送…東京農工大
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070620i415.htm

 20日午後7時55分ごろ、東京都小金井市中町2の東京農工大工学部の新1号館3階の研究室で、「学生2人が実験中にガスを浴びた」と119番通報があり、留学生2人と日本人の教員、学生の男女計6人が病院に運ばれた。


 東京消防庁によると、6人のうち、トルコ人の男性留学生(24)は、フッ素ガスを浴びて顔に軽いやけどをしていて入院した。


 警視庁小金井署によると、研究室では当時、この留学生とイエメン人留学生(32)の男性2人が2種類の薬液を使って実験をしていた。終了後の廃液をポリタンクに戻す際、ポリタンクに残っていた薬液と化学反応を起こしてフッ素ガスが発生、2人の顔を直撃したという。


 実験室には、ほかに女子学生(23)がいたほか、事故を聞いて駆けつけた男性教員(54)と男子学生2人が病院に運ばれた。
(2007年6月21日1時27分 読売新聞)


東京農工大で実験中に事故、6人けが
http://news.tbs.co.jp/part_news/part_news3590897.html

 20日夜東京・小金井市にある東京農工大学で、実験中に事故があり、フッ化水素を浴びるなどした学生と職員あわせて6人が病院に運ばれ、手当を受けています。
 20日午後8時頃、小金井市中町にある東京農工大学・工学部で、半導体に関する実験をしていた留学生2人がフッ化水素を浴びました。


 この事故で、留学生2人は顔や手に全治数週間のやけどをした他、救護に当たった他の学生と職員ら4人もけがをして病院に運ばれ、手当を受けています。


 調べによりますと、2人は実験中に硝酸などを容器に捨てましたが、容器の中にエタノールが残っていたため、反応してフッ化水素が発生したということです。フッ化水素は皮膚につくと強い痛みを伴うやけどを起こす、強い酸性の毒物です。(20日23:55)


フッ素なのかフッ化水素なのかこんがらがっています。
ケイ素のエッチングという実験内容から考えればフッ化水素でしょう。
普通、単体のフッ素は反応では発生しづらいですし、フッ素が溶け込んでいる溶液を廃液に放り込むことは常識的にありえないです。
というわけで読売の記事が間違っている可能性が高そうです。
ただし、TBSも内容が合っているというわけではなく、硝酸とエタノールとの反応でフッ化水素が出るはずがありません。
エッチング用のフッ化水素酸廃液に何らかの試薬を間違って加えてしまい、溶存していたフッ化水素が出てきてしまったのだと推測しています。
そのポリタンクがドラフトの外に置いてあったのでしょう。


濃いフッ化水素酸は、体表面に付くと(それほど激しくはないのですが)薬傷を引き起こします。
一番危ないのは、分子が小さいので皮膚から取り込まれ、血中でカルシウムイオンと反応して蛍石(フッ化カルシウム)を作って沈殿してしまうために、カルシウムチャネルを止めてしまうところにあります。
心拍はカルシウムチャネルで動いているので、多量のフッ化水素酸を浴びると、薬傷はそれほどではないのにもかかわらず、心室細動で危篤になってしまうそうです。
とはいえ、それは濃フッ化水素酸を両足全部とかにかけたような曝露の程度で、今回はガスですし、かつ実験室レベルなので、それほど大事故にはならないかな。そうなってほしいです。
フッ化水素のガスの曝露は、とにかく刺激臭(塩酸そっくりなにおいとパンチ力)で、涙が出て止まらないので、通常は「だめだこりゃ、すぐ逃げよう」ということになるはずです。
環境濃度が半数致死濃度に達するかなり前に、咳込んで涙ぼろぼろで耐えられなくなるのです。これは塩化水素と同じです。


フッ化水素酸は毒劇法では「毒物」に分類され*1、労安法特化則にも、PRTRにも引っかかる、取り扱いのうるさい化合物です。
化学をやっている人はフッ酸の怖さはそれなりにわかっているので「あまり使いたくないなー」というのが本音ですが、金属ケイ素やガラスや珪酸塩をゆっくり溶かしていくという特性は他の化合物にはほとんど見られず、むしろ化学屋以外の人に常用される傾向があります。
原則ドラフト内使用、何かあったらすぐ退避、濃い廃液は危ないので薄める、薄い廃液は消石灰水酸化カルシウム)を放り込むという鉄則さえ守っていれば、おとなしくしていて牙を剥かない酸なのですが・・・


なお、フッ化水素の水中における解離定数は小さく、酸としては弱酸に分類されます。

*1:法律の厳密な解釈では、廃液内のフッ酸は毒劇法でいうところの「毒物」ではないんですよね。規制の逃げ道なのですが、科学的には何の意味もありません。