歌を忘れたカナリヤ

昨日の話に出た化合物もそうなんですが、ある種の化合物、特に有機化合物には結晶に極端になりづらいものがあります。


実験していて面白いのは、どんな新規な化合物でも、結晶性のものは純度を上げるとすぐにキレイな結晶を作ります。
はじめてこの世の中にお目見えした化合物でも。
私が分子の設計をして、フラスコで作り、後処理後に精製すると、まるで仕組まれたかのように結晶化をはじめます。
古い古いムー大陸の記憶があるわけでもなく、ただエネルギー論にしたがって分子が一番密に結晶の中に詰まるように並んでいくのです。
前に作ったこの化合物なんかそうですね。

こんな複雑で奇妙で役に立たない化合物でも、純度が上がるとすかさず構造を変え、端から並んでいくのです。
この化合物、おそらく地球が滅亡するまで二度と作られることはないでしょう。
私も二度ここの化合物は作るつもりはありません。


ですが、たまに並び方をすっかり忘れているヤツがいます。
結晶の核形成のエネルギーで説明が付くんですが、そうではなく、本当に忘れてみたいなんです。
どんなに過飽和にしても、どんなに結晶化の溶媒を変えても、まったく結晶化する気配がありません。
温度を下げるとただのガラス(アモルファス)になるだけです。
「オレ、粘ちょう物だもん。結晶化なんてしないぜ」って。
1年ほっといても結晶化しません。
しかし、ある種のきっかけで結晶化することを思い出すのです。
「忘れてた忘れてた。オレほんとは結晶性なんだよ。たしかこんなパッキングだったな」って感じで。
純度は結晶もアモルファスも変わらないんですよ。


不思議なんです。
結晶学はもちろん科学の一分野ですが、なんかすごく職人芸的な、ヘンテコなところがあるのです。
私が結晶学が好きなのもそれが理由の一つです。