靴下

私には、靴下を左右そろえなければならない理由がよくわかりません。
非対称ではいけない理由なんてあるのでしょうか?
なぜ私は、暗黙の了解で周囲から「面対称性を保持すること」を強要されなければならないのか?
「対称要素なし」の点群 C1 ではいけないのでしょうか?
さっぱりわかりません。


「対称性ファシズム」ですよこれ。


ということで、靴下の左右を揃えずに履きます。
すると当然、もともと組んでいたペアの片方は、別のものと組まざるを得ません。
この連鎖は、どこかで「今日は左右合わせないとまずい日だから合わせようか」というエントロピー減少方向に思考を転がしていかないと、収束することはありません。
そしてウチにはバケツ3杯ぐらいの靴下のストックがあります。
全部バラバラです。
これを組もうとすると、神経衰弱よろしく、1時間ぐらいかかります。
すごくよく似てるけど、微妙にデザインの違う靴下ってのは多く存在するのです。


しかし、いい歳した大人がそれじゃいかんだろ、と思いました。
そこで考えたのは、「一回、家の中の靴下をすべて廃棄し、まったく同一の靴下で統一する」ことです。
これ、ものすごく時間の節約になります。
組み合わせを考えなくていいわけですから。
時間的および人的リソースの確保としては極めて優秀なアイデアです。
一生分の靴下を組み合わせる積算時間を他の用途にまわせるとしたら、すごいことですよこれ。