若林鉱

写真は若林鉱。レモン黄色の、大変美しい色の鉱物です。
記載産地は群馬県下仁田町の山の中の、西ノ牧鉱山*1
ヒ素の複雑な硫化物で、わずかにアンチモンを含みます。
東大理学部卒で、三菱に勤めた若林弥一郎氏の名にちなんだ鉱物です。
若林氏は、日本を代表する鉱物コレクターでもあり、日本古典三大鉱物標本のひとつ、「若林標本」を蒐集されています。これは現在東大博物館に収められています。


wakabayashi2
若林鉱(wakabayashilite) [(As,Sb)6S9][As4S5], orth., Pna21
群馬県甘楽郡下仁田町西野牧 西ノ牧鉱山(TL)
東京大学総合研究博物館蔵(登録番号 00058)
写真幅: 0.8 cm
Leitz Photar 50mm F4 (F = 8)/Nikon PB-4/Nikon D3


若林氏の時代では、この鉱物はただの硫化ヒ素というぐらいしかわからず、針状の石黄 (orpiment) とされていました。ところが、よく検討してみると、これは石黄とはまったく異なる新鉱物であることがわかり、若林鉱と名付けられ、IMA 総会時の出版物 Introduction to Japanese Minerals に紹介されたのです。
この鉱物の結晶構造は、もっとずっと後になって、ネバダ産のものについて2005年に検討され*2、Amer. Mineralogist に報告されましたが、擬対称と双晶により六方晶系っぽく見える斜方晶系だということがわかりました。
構成単位は [(As,Sb)6S9][As4S5] で、As12S12 のグニャグニャのコンフォメーションを持つ大環状24員環が上下方向に12個の硫黄で架橋されたチューブと、その隙間を半分の個数の As4S5 のノルアダマンタン構造の分子が埋めるような、非常に不思議な構造を持ちます。
もしかすると、若林鉱を二硫化炭素でソックスレー抽出すると、この分子だけ抽出できるかもしれませんね*3
noradamantane
鶏冠石と同様に、ヒ素ヒ素結合が存在するんです。この鉱物の中には。
この種のカルコゲン間化合物って、有機化合物みたいですね。


さて、先の若林鉱の構成分子の一つであるAs4S5 は、集合して独立の鉱物 uzonite を作ることが知られています。
黄色い粉末状の鉱物です。日本ではまだ報告されていませんが、もしかすると西ノ牧の鉱石にくっついているかもしれませんね。

*1:古くは西牧(さいもく)鉱山といいました

*2:P. Bonazzi, G. I. Lampronti, L. Bindi , S. Zandari, American Mineralogist , 90, 1108-1114 (2005), Wakabayashilite, [(As,Sb)6S9][As4S5]: crystal structure, psuedosymmetry, twinning, and revised chemical formula, Sample: White Caps Mine, Nevada.

*3:鶏冠石 As4S4 はわずかに二硫化炭素やベンゼンに溶けます。もしかすると某国の巨大結晶はこうやって再結晶で作られているのかもしれませんよ・・・。