単体フッ素を含む蛍石

ドイツの蛍石コレクターにお願いして、コレクションを譲ってもらいました。
この間の、Angew. Chem. Int. Ed. の表紙になった、ドイツ、バイエルン、ウェルセンドルフの単体フッ素を含む蛍石です。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.201203515/abstract
まっくろけっけの、ほとんど光を透過しない蛍石です。強い光に透かすと、わずかに菫色が確認できます。
昔からこの種の蛍石(antozonite または stinkspatという亜名が付いています)は知られていて、叩くと悪臭が出るので鉱山の労働環境を悪くし、しばしば問題になったこともあるようです。特にウェルセンドルフのは、1800年代からよく知られていました。
で、「オゾンらしい」「フッ素らしい」というケンケンガクガクの議論が昔からあり、日本でも飯盛先生らの研究報告があります。飯盛先生は、カナダのアントゾナイトを研究し、どうやらこの臭いの原因は単体のフッ素であり、滴定すると 0.015 mg/g CaF2 ぐらいの量があるらしいというのを突き止めていました。(飯盛里安、理化学研究所彙報, 11, 1237-1243(1932))
で、そこにダメ押しでウェルセンドルフのアントゾナイトを最近再分析した人がおり、固体フッ素 NMR でこの蛍石を見てやると、フッ素単体のピークが見えてきて、定量も何とかできました。(0.46±0.06) mg/g CaF2 で、実に飯盛先生の分析のものの30倍あります。これが先の Amgew. Chem. の論文です。これでようやく長年の議論に決着が付きました。
antozonite_1
Fluorite var. antozonite
Marienschacht, Wölsendorf, Oberpfalz, Bayern, Deutschland
width: 9.5 cm


antozonite_2
Fluorite var. antozonite
Marienschacht, Wölsendorf, Oberpfalz, Bayern, Deutschland
hight: 4.5 cm


鉱山名で言うとウェルセンドルフの Marienschacht Mine, Johannesschacht Mine が論文記載の場所に相当します。
ここについて訊いてみると、実は鉱区はつながっており、坑内で坑道は連続しているらしく、かつ途中でどちらか一方の縦坑を閉めてしまったので、実のところどっちの鉱区だかよくわかりません。
Angew. Chem. の産地では、「Grube Maria」とあるんですが、「そんな産地はウェルセンドルフにはないぜ兄ちゃん、たぶんマリアンシャフトのことだろうよ。」と指摘される始末で。

いずれの場所も、熱水性の鉛メインの多金属蛍石鉱脈鉱床で、なぜかウラノフェンなどのウラン鉱物を多く伴います。
蛍石は希土が結晶中に入りやすいクセがあるんですが、量的なものでは、どちらかというと内部に含まれているものより、外部からの長年の自然放射線で分解し、フッ化カルシウムの一部が単体のフッ素として遊離し、結晶中に閉じ込められているようです。
塩化ラジウム蛍石の横においておくと、見事に着色したので、「短時間じゃフッ素は出てこないが長時間ならありえるかも」という研究もあります。


単体フッ素は大変反応性が高く危険なガスで、死屍累々の歴史を持っています。単離に成功した満身創痍のモアッサンがフッ素の貯蔵容器選定に苦戦し(あらゆるものがフッ素と反応しますから)、たどり着いたのが蛍石(フッ化カルシウム)をくりぬいて作った容器だったというエピソードを思い起こさせます。フッ化物はもうフッ素と反応しませんからね。
誰かの言葉を借りれば、「研究のタネは鉱物の中にある」、というアレです。