合成エメラルド

1920年代末、一人の若い男の子が、ガレージの片隅で電気炉を駆使して結晶成長をはじめました。彼の名前はキャロル・チャザム。
チャザムは12歳の時にはすでに自宅に実験室をかまえていたそうです。
彼は、現在「フラックス法」と呼ばれる金属複酸化物を融液とした鉱物の人工結晶こそが、天然の鉱物の結晶成長に最も近い条件であると信じました。様々な試行錯誤の末に、ベリリウムとアルミニウムのケイ酸塩であるベリル(緑柱石)の実用的なフラックス組成を神業のようなセンスで見つけ出し、クロムイオンにより着色した合成エメラルドに、世界ではじめてこぎつけたのです。
その後、安定した電源供給が出来るCITに入学し、そこで数々の合成宝石鉱物の結晶成長に関する卓越した研究を行い、当時極端に高いレベルでの結晶成長技術を開発していきます。ルビー、アレキサンドライト、エメラルド等等。
どう考えても天才ですね。


チャザムのエメラルドはこういうものです。結晶成長には1年近くかかっていると言われています。


eme1


彼はその後、合成したエメラルドを研磨して市場に流し、市場を大混乱に陥れます。
インクルージョンから、フラックス法による人工結晶だというのに一部の人は気付きました。しかし、誰もそれを追試できる人はいなかったのです。
チャザムは製法を不出にしたため、チャザムのフォロワーが彼の技術に追いつくまでに、ゆうに20年はかかりました。
そのぐらい彼は飛びぬけていたのです。


それが、今となっては誰でも知っている「チャザムのエメラルド」の誕生譚です。
一人の若い男の子が、黙々とガレージで実験をし、天才化学者として宝石市場をひっくり返す。いい話ですね。結晶成長屋の夢であります。

硫レニウム鉱

以前に話が出ました、硫レニウム鉱 (rheniite)です。
北方領土択捉島茂世路岳のもの。世界中探してもここにしかありません。発見記載は1992年。
単純なレニウムの二硫化物で、レニウムの形式価数は4価。
火山の非常に高温(900度以上)な噴気孔周りに昇華し、現在進行形で成長しているのだそうです。
択捉島を実効支配しているロシアは、数年前からこの噴気を施設に引き込んで、この鉱物を成長させているのだとか。
この標本も、ロシアルートでディーラーの手に渡り、国立科学博物館に入ったものです。
レニウムは融点が3100度近くある、酸化に強く硬度の高い金属ですから、ロケットのノズルなどの軍用利用のためにこの鉱物の捕集を計画しているのかな、と個人的には考えています。
通常はレニウムモリブデン鉱床、特に輝水鉛鉱(二硫化モリブデン)にわずかに混じってくるのを精錬時に回収して利用するのですが、これだけレニウムを含む鉱石は、世界中を探しても稀有なものです。理論値で74%のレニウムを含みます。薩摩硫黄岳の噴気孔でも、レニウムを比較的多く含む輝水鉛鉱が昇華していますが、それでも1%を超えることはありません。
やはり輝水鉛鉱と類似の、金属光沢の強い鋼灰色薄板状の集合体です。
輝水鉛鉱は六方晶系なんですが、こいつは三斜になるようです。
非常にナイーブな標本です。


rheniite
レニウム鉱(rheniite), ReS2, tric., P-1.
北海道根室支庁蘂取郡蘂取村択捉島)茂世路岳
国立科学博物館蔵.標本番号:NSM-F28732
撮影幅 : 7.0 mm


この鉱物の記載は、特異性のために Nature に記載論文が出ました。

Korzhinsky, M. A.; Tkachenko, S. I.; Shmulovich, K. I.; Taran, Y. A.; Steinberg, G. S. Discovery of a pure rhenium mineral at Kudriavy volcano. Nature (London, United Kingdom) (1994), 369(6475), 51-2.

日本の新鉱物の記載論文で Nature に載ったのは、門馬さんの千葉石とこの鉱物だけです。
択捉島の例の火山では、同時に多量のインジウムを産します。
インジウムスズ酸化物透明電極材料など、IT社会の必須元素の一つですよね。


いいかげんいつ返してくれるんですか、というのが本音です。