試薬ジャンケン

おととい、学生さんがあるオレフィンを使おうとしたので、一緒に探しました。
「ちょっとにおうよ」と渡したら、学生さんがにおいを嗅いで「チョーくせー!」とのコメント。
「いや、それがきついようならシクロペンタジエンなんかとてもじゃないけど使えんぞ」と、いくつかにおいのきついオレフィンを出して嗅がせてあげました。
彼も上には上がいることを納得したようです。


私がまだ二十歳の頃、下の階の有機化学の研究室で「試薬ジャンケン」なる遊びが流行してました。
互いに試薬のにおいを嗅がせあって、より臭いほうが勝ちという、実に体に悪そうなじゃんけんです*1
実際にはにおいは系によって臭さのフレーバーがまったく異なりますので、単純比較は難しいのですが。
本来なら、最も低濃度でも存在のわかる試薬が一番きついのです。その評価法ならエタンのチオールが最強です。
ただし、においというのは非常に好みの出るもの。大好きなにおいもあれば、腹が立って許せないにおいもあります。
バニラの臭いのバニリンも、高濃度で嗅げばむちゃくちゃ甘くてイヤになります。
というわけで、多種の試薬の中から、いかに嫌なにおいを出す試薬を探してくるかが試薬ジャンケンの醍醐味であり、必勝法だったのです。
今の私なら迷わず

  1. 有機セレン・テルル化合物
  2. イソシアニド
  3. 高級脂肪酸

のどれかから選びます。


においを言葉で説明するのは無理なのですが、理解の助けに書きますと、それぞれ

  1. ガスのにおいを極端に強くしたにおいです。これを使った器具を有機溶媒で丁寧に流し、三回洗ったものを乾燥機に入れると、乾燥機で隣り合った器具に移り香が付きます。いわゆる「硫黄臭い」というヤツです。
  2. 吐き気を催す苦い系の臭いです。一気に嗅ぐと本当に吐きたくなります。一般的には、身の回りにはこの種のにおいはありません。
  3. 体臭系の、動物のにおいです。脂っこくて懐かしい、でも嗅ぎたくないにおいです。


以前作ったゲルマニウムのチオール誘導体もしんどかったです。
ただしあれは催涙性もあったので試薬ジャンケンには使えません。
相手にダメージを与える目的なら、迷わずブロモアセトフェノンやベンジルブロミド*2を出します。
それはルール違反です。
まず、イソシアニドや共役ジエンの「吐きそうなほど臭い」で軽くジャブを繰り出し、次に高級脂肪酸の「ねちっこくからみつく体臭風味」でカウンター、とどめはテルルで「他の臭いがまったく判別不可能になるほど臭い」というコンビネーション攻撃でしょうか。


ただし、今はもうしませんよ。
古き良き時代の話です。

*1:今の学生さんは、そんな危なそうな遊びはしないでください。止めませんが。でもドラフトでやってね。

*2:いずれも強い催涙性があり、涙が止まらなくなります