http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008100200384


以前、オヤジがまだ若かったころ、ヒマラヤのある山のある稜線をアタックする隊長をしていたことがあります。
そのアタックで、雪崩で三人流されました。遺体はいまだに見つかりません。
彼らが家でちょくちょく飲んでいたのをよく覚えていますが、いい人たちでした。
一人は小林幸子の大ファンでした。


日本に帰ってきてから、オヤジはスリングで鉢巻を作り、それを10年以上巻いていました。
自責の念によるものでしょう。
彼がどれだけ苦しんだのか。


高度順応の限界を超えた山へのアタックは、死亡率が格段に増します。
どんな人でもその高みを求め続ける限り、必ず自分の順番が回ってきます。
例外はありません。
その順番はいつ回ってくるかわかりません。
メスナーは自分の順番が回ってくる前に限界を感じ、山を下りたのです。
オヤジは持病の喘息のために7000mを超える高高度の山は難しく、そして最近は加齢のために登山を断念しました。
山屋の最後はおよそそのようなものであります。