チョコレートと結晶

で、季節柄なのでチョコレートネタを書きます。


チョコレートは、カカオマスカカオバターをはじめとする油脂類、ココア、糖、および粉乳から作られる菓子です。


油脂分(脂肪酸トリグリセリド)は、優良チョコレートではカカオバターのみより調製されるのですが、一般的なチョコレートは合成油脂を混ぜます。
チョコレートの味は、実は、この油脂の結晶構造が支配します。
トリグリセリドの結晶多形は古くから研究されています。液晶相までいるのですごく厄介なのですけど。
最近では品質管理の点から、ある程度の量は合成トリグリセリドを混ぜているんですが、普通は SUS といって、グリセリンの1位と3位に飽和脂肪酸を、2位に不飽和のものを入れた合成油脂が用いられます。
対称型の cis-モノ不飽和トリグリセリドですね。
トリグリセリドの結晶構造では、βと呼ばれる室温よりちょっと上に安定領域がある準安定相が愛されます。
このβ構造にも多くの亜種があります。一番大事なのがβ(V)と呼ばれる結晶相(1軸が異常に伸びた三斜晶P-1の相)で、 これがスナップ性(パキッと割れる破壊特性)と融点(体温で融けないとおいしくない)の両方を兼ね備えたおいしい結晶相なのです。
この結晶構造を狙って、おいしいチョコレート製造には熱処理結晶化プロセスが不可欠なのです。


しかし、所詮は準安定相。処理が悪いと室温保存により相が転移して「ファットブルーム」と呼ばれる白い粉が吹きます。
いかに均質にグリセリドをチョコレート中に分散させ、かつ、結晶相をコントロールし、時間経過による相転移を防ぐか、ここに食品会社のノウハウがあります。もちろんすべて秘中の秘、企業秘密の塊です。
企業では、多くのトリグリセリドの混和試験、熱分析(DTA, DSC)と回折実験をもとに相図を書き、より安定なβ相を出現させる混合比と熱処理レシピを導出します。
それをもとに調合し、混練り機のばかでかいロールでえんえんと練り、味をなじませた後にテンパリングと呼ばれる熱処理をして、一番おいしいとされる結晶構造に結晶化(相転移)させ、これを崩さないように冷却して製品とします。


おいしいチョコは技術者の血と汗と涙の結晶であり、うやうやしくいただくものなのです。
最近の日本のチョコはびっくりするほど高品質。
そんなチョコレートも、不用意に湯煎で溶かしてしまえば結晶構造を失い、混練り機でじっくり分散させた油脂分もすべて分離してしまいます。

手作りチョコとは、愛情を混和させるがゆえに、技術者の開発と品質管理の苦労をすべてドブに捨てたもの。


愛とはなんて罪深いものなのでしょう。


(文献)
1,3-ジステアリン酸-2-オレイン酸トリグリセリドおよびカカオバターのシンクロトロン放射光による結晶多形の分析
Crystal structures of 1,3-distearoyl-2-oleoylglycerol and cocoa butter in the .beta.(V) phase reveal the driving force behind the occurrence of fat bloom on chocolate. Peschar, Rene; Pop, Mihaela M.; De Ridder, Dirk J. A.; Van Mechelen, Jan B.; Driessen, Rene A. J.; Schenk, Henk. Laboratory for Crystallography, van't Hoff Institute for Molecular Sciences, Faculty of Science, Universiteit van Amsterdam, Amsterdam, Neth. Journal of Physical Chemistry B (2004), 108(40), 15450-15453.


カカオの特殊性については M&M のモーガンさんに聞いてね。
Chocolate: a flavor and texture unlike any other. Morgan J M&M Mars Corporation, Elizabethtown, PA 17022-2192 The American journal of clinical nutrition (1994), 60(6 Suppl), 1065S-1067S.