シゴキのテクニック

数日前、後輩がループマウントが苦手だということを言ってましたので、細かく教えました。
ループマウントとは、ハンプトンリサーチという会社が大々的に売り出した単結晶X線構造解析の結晶のマウント法で、ナイロンの小輪(ループ)にパラフィンオイル漬けの結晶を載せ、これを低温に冷却してオイルを固めるマウント法です*1
抜けやすい結晶溶媒を含むもの、酸素や水分に不安定なものでもオイル漬けだと大丈夫*2なので、一部のマニアには重宝されています。


マウント法にコツがあり、このコツを掴まないとマウントに時間がかかります。あるいはオイルが多すぎてバックグラウンドが上がります。
私がよくするのは、以下のような方法です。


1.まず、サンプル結晶をスライドグラスに載せ、パラフィンオイル(パラトーンN)漬けにします。数滴あれば大丈夫です(この結晶は大きくて、数ミリあります)。


2.よさそうな結晶を選びます。表面に付いた子供は丁寧に外し、切らなければならないものは切ります。切りくずはオイルを泳がせて取ります(端っこのおいしそうな部分を切り出しました)。


3.結晶を油滴の端に持ってきて、ループで掬います。金魚すくいのようです。このときはまだオイルがループにふんだんに乗って、玉になっています(3つめの写真が正面、4つめが側面です。このループは短径1mmのものです。)。




4.油滴に針の先端を付け、油の無いところにスーッとオイルの線を引きます。


5.このオイルの線に先ほどのループをくっつけます。オイルの線とループのなす角は直角にします。すると、表面張力でループのオイルがスルスルと線に引っ張られ、ループ上のオイルはかなり減ります。


6.ある程度減ったところで、スライドグラスの上の線に対し、直角方向にループをこすります。するとさらに表面張力でオイルが減ります。


7.これを数回繰り返します。すると、オイルは極限まで減り、ループの中にオイル膜が張り、その中央に結晶が浮いている状態になります(同じく、上が正面で下が側面です。まだオイルが落とせます。膜に表面張力で浮いている状態が確認できますか?)。


8.これをゴニオヘッドに乗せ、冷やして固めます。ハンプトンリサーチ社は、冷却装置の噴出し口にカードを立てて冷気を遮断し、ゴニオに結晶を載せた後、カードをずらして瞬時に固めるのを薦めていますが、私のサンプルはけっこうこれで結晶が割れます。ゆっくり温度を下げることのほうが多いです。


要するに、表面張力を使って過剰のオイルをループからしごき取ってください、ということです。
針先でオイルを取ろうとすると、結晶まで持っていかれてしまいます。
この方法、慣れれば1分もかかりません。


大鍋のカレーをお玉ですくってよそる時に、お玉の底のカレーが垂れることがあります。
一回カレーをすくったお玉の底を鍋のカレーにもう一度ちょこっとくっつけると、お玉の側面に付いたカレーが表面張力で鍋に吸い寄せられ、底にへばりついたカレーがきれいに吸い取られ、垂れを防げるのだそうです。
これの応用と考えてください。


みんな知っているかと思ったのですが、意外と知られていないので、書いてみました。
ただし、私は最近はパラトーンはあまり使っていません。
ガラス繊維の先端にごく少量のアピエゾングリースを付け、これを接着剤にして回折実験をしています。当然冷却です。
不安定ものもアピエゾン被覆にして、ファイバーやループにちょこんとくっ付けているだけです。
結局、ものぐさなのです。

*1:H. Hope, Cryocrystallography of biological macromolecules: a generally applicable method. Acta Cryst. B44, 22-26 (1988) .

*2:結晶がオイルで溶けることがあります。このときはパラフィンオイルの粘度を上げるしかありません。