奥久慈のメノウ


奥久慈の山中に、有名なメノウの産地がある。
安山岩−集塊岩に走ったメノウ脈を露天堀もしくは坑道で採掘したところで、大きな平行脈が十数本ある。
この周囲、かなり広い範囲にメノウの産地が散点している。


メノウは火山岩にはしばしば見られる鉱物で、たとえば関東では、すべての県にメノウを産するぐらいポピュラーなものだ。
天然の鉄分で赤く色の染まったものでは、北海道と山形のものが美しい。
しかし、奥久慈のものは、きわだって不思議な形をしている。
ここのメノウは、塊状の脈として発達するが、脈の中央に開いた大小の空洞に、いわゆる仏頭状の球状集合体が多く見いだされる。
脈によっては、奇妙な形をしたものが多く産した。
特に、ひも状、リボン状のものが多かったようで、これらが組み合わさって、立体的な奇形を呈した。
この奇妙な形は重力方向ではなく、熱水が流通した方向に向いているようだ。
空隙を珪酸分のごく多い熱水が通り抜けるときにメノウを沈殿させていくのだが、熱水の方向は刻一刻と変化するようで、ぐにゃりと途中で曲がったものもしばしば見られた。
これは、組織の発達中に熱水の流れる方向が変わったためだろう。
そそり立つ男根にも見え、あるいは仏像や、寄り添いあった夫婦のようにも、天狗の鼻そっくりのものもある。
大変、想像力をかき立てられる蠱惑的な形状だ。


メノウ独特の丸みのある球状の集形は、なまめかしいエロスを想像させる。
外国の、スポーツのようなさばさばした、あるいはアクロバチックなエロでなく、日本固有の、谷崎潤一郎の小説のようなどろりとした妖しさを放っている。
雪のような白い肌。半透明で、照明によってその様相をがらりと変える美しさは、日本の女の肌そのものだ。
メノウを鑑賞するには、透過光半分、反射光半分ぐらいの比が際だって美しい。
それは、暗い閨のほのかな明かりの下で見る女体の妖しさ・美しさに他ならない。
そして、そのメノウの造形美が特に優れているのが、奥久慈のものだろう。


奥久慈のメノウは残念ながら色が染まりづらく、加工品には向かなかったという。
そのため、ボールミルのボールの様な構造材としての使われ方が多かったようだ。
大きな材はブラジルや中国の価格には太刀打ちできず、多くの優秀な脈を残しているものの、採掘はすべてやめてしまった。


すべての脈は、採掘をやめた今現在では、密かに杉林に埋もれ、自然に帰る日を待っている。